最高裁判所第三小法廷 昭和52年(行ツ)141号 判決 1978年5月02日
兵庫県伊丹市伊丹旭町四八一-六
上告人
稲野正次郎
右訴訟代理人弁護士
大江洋一
兵庫県伊丹市溝口町七五
被上告人
伊丹税務署長
奥野芳男
右当事者間の大阪高等裁判所昭和四七年(行コ)第三三号所得税並びに加算税決定取消請求事件について、同裁判所が昭和五二年八月一九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人大江洋一の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論はまた違憲をいうが、その実質は原審の右認定判断を非難するにすぎないものであつて、失当である。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高辻正己 裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄 裁判官 服部高顯 裁判官 環昌一)
(昭和五二年(行ツ)第一四一号 上告人 稲野正次郎)
上告代理人大江洋一の上告理由
一、原判決には理由不備、採証法則違反がある。
(一) 原判決がC店舗の経営主体を上告人であると認定したのは
(イ) C店舗賃借契約名義が上告人であること
(ロ) 権利金中八〇万円は融資を受けているが、借受名義が上告人であること
(ハ) 委託店舗の会合に上告人が出席したこと
(ニ) C店舗に上告人が一日一回見回りにきていたこと
(ホ) C店舗の仕入れをA店舗でしていたこと
(ヘ) 上告人が稲野とし子を含む家族の世帯主であること
(ト) とし子がA、B両店舗の手伝いをし、昭和三七年度分の上告人の申告において専従者とされていたこと
の各事実によるのであり(原判決が一審判決を引用しているのでその部分はすべて原判決の認定として述べる)、他方これに反してとし子の経営であることを裏づける事実としては
(い) 前記(ロ)の権利金の内金二〇万円はとし子がとし子名義の預金を引き出して支払つていること
(ろ) 権利金の借入分の返済はとし子がC店舗の売上げで返済していること
(は) C店舗の手形、小切手はとし子が振り出していること
(に) 従業員給与をとし子が支払つていること
(ほ) 委託店舗売上金はとし子が受け取つていること
の各事実が原審の認定事実であり、その他に、
(へ) とし子が必ず一日一度はC店舗に顔を出していること
(と) 委託店舗の会合にとし子も出ていること
(ち) C店舗独自の仕入(丸高商事など)をとし子が行つていること
等の事実が証拠上確定しうるところである。
(二) ところで、前記(ニ)の事実は被上告人の本人にも比すべき国税局審査官の伝聞供述のみであり、他方(ヘ)の事実は上告人本人、とし子の証言はもちろん、証人陣内の証言によつても裏づけられている上、(ニ)の事実は否定され、上告人は三、四日から週に一回位顔を出す程度であつたと述べられている。他の客観証拠が存するならともかく証拠価値の低い当事者的な立場の人物のしかも伝聞証言のみで、直接事情を熟知しうる立場にあつた陣内証人の証言を否定して反対証言を採用するのは採証法則違反である。
また、(ハ)の事実についても同様のことがいえる。すなわち、委託店舗の会合について、とし子が差支えのため上告人が参加したこともあるが、原審認定のように専ら上告人が参加していたかの如き認定は証拠に基かない判断である。
前記のとおり本件の場合C店舗の経営主体が上告人であるかとし子であるかについての外形的事実が拮抗しているときに、その主要な間接事実について証拠に基かず、また採証法則に反する認定をすることは、結論に重大な影響を及ぼすものである。
同様に、(ホ)の事実についてもC店舗の仕入がA店舗において行われていたかの如き認定は証拠によらない認定というべく、C店舗の独自の仕入の事実を欠落させている。
(ロ)の事実も、当時の金融公庫借入資格が、一定の経営実績を要していることが必要であつたことから便宜名義を借りたのみで、現実には返済は銀行借入分も含めてとし子が行つているのであるから、実質課税の観点からして実際の借入主がとし子であると認めるべきである。
同じく(イ)の点もその後の賃料をとし子が支払つている事実を併せて考えれば必ずしもC店舗の経営主体が上告人であるとする根拠たりえないところである。
更に、(ト)の事実も、C店舗が昭和三七年一一月に開店したとしても課税基準月数の殆どの期間とし子はA、B店舗の手伝いとして専従者であり、他方C店舗は開店後一月余りで到底利益が計上されうるものでないため必ずしも申告をなさないことは一般の例である。この点もC店舗の経営主体を上告人とする根拠にはなりえない。
最後に、(ヘ)の事実はC店舗の経営主体を定めるにあたり何ら関係のない問題であり、このような点を掲げること自体後述のとおりの問題が存するところである。
とし子はもともと帽子店の経営に意欲があり、昭和二六年にも自ら帽子店を開いたことがあり、同店舗が開店後四ヵ月で火災に遭つたため中断したが、同女が単なる税金対策の名目でなく実質的な経営能力と経営意欲を有していたことはとし子の証言や上告人本人尋問によつても十分明らかとなつているところである。
以上のようにC店舗の経営主体を決定するうえで要素となる間接事実について、原審は、証拠に基かず、或いは採証法則に反して誤つた事実を認定し、その結果前述の如きC店舗の経営主体がとし子であることを裏づける事実を無視して誤つた結論を導き出しているものであり、原判決は取消されなければならない。
二、原判決には審理不尽の違法がある。
上告人は、本件課税が濫用にわたることの根拠として、一つは食堂等を親族間で経営しているなど類似のケースにつき別課税がなされていること、二つは上告人が当時伊丹民主商工会に加入していたことが本件課税について偏つた取扱いをなしたものであることなどを挙げているが、これらの事実についての立証が認められぬまま結局「その他の事実によつても本件処分が課税権の濫用ということはできず」と結論づけられてしまつている。
しかし、類似のケースでどのような取扱いがされているかは本件の如きケースにとつては十分に参考にすべきであり、そこに取扱いの差があれば課税権の濫用に該る場合がありうるのであるから原審としてもこの点について訴控調べをなすことが必要でありこれをせぬまま判決した原審には審理不尽の違法が存する。
三、本件処分は憲法二四条に違反するものである。
本件処分は、原判決も掲げているように上告人ととし子が夫婦であることが主要な理由の一つとなつているものである。
とし子が上告人の妻でなく、他人であつたときには上告人に対し税金対策としての偽装だとの誤解も受けることがなかつたであろうし、被上告人も本件処分をなさなかつたであろう。親族関係にない従業員が独立する際、のれん分けとして融資、その他で協力したからといつてその所得を旧雇主に合算することはありえないことを考えれば、本件処分において上告人がとし子の夫である事実がもつ意味が大きな位置をしめていることは明らかであろう。
しかしながら、夫婦であるがゆえに妻が夫の協力(融資を受ける際の便宜や仕入の共同など)を得ると所得が合算されて累進課税の結果税負担が大きくなり、これを免れようとすればことさらに夫の協力を排除するか離婚する他ないこととなつてしまうのである。
例えば夫婦が共に教師である場合にその仕事の上でも家庭生活でも種々の協力をすることは自然であり、当然であるが、だからといつてその収入を合算されることはなく、それについて何人も疑問をさしはさむことはないであろう。
本件も基本的にこれと異なるところはないのである。「夫婦が同等の権利を有することを基本として相互の協力により維持されなければならない」のであり、上告人ととし子が夫婦であることを重要な要素としてなされている本件課税処分は憲法二四条に反するものである。
以上